バックステージ オブ サイクリング・ブック

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元デミアン

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サイクリング・ブック ー discover Japan by bicycling ー

もとは「デミアン」だった。
年齢がある程度上がってからは、「荒野のおおかみ」になった。
座右の書というか、世界に対する自分の心意気というか、そんなものが、である。


デミアン (岩波文庫 赤435-5)

デミアン (岩波文庫 赤435-5)


荒野のおおかみ (新潮文庫)

荒野のおおかみ (新潮文庫)


最近、mixiの読書系コミュニティで「挫折した本」というのがテーマになっていた。
最初は興味を持って、次には案外つまらないと思って目を通したのだが、
挙げられた中で多かったのが、ヘッセの「車輪の下」であった。


また学級文庫の話になる。
中学校でも学級文庫は存在した。
僕が持って行ったのが、「車輪の下」であった。
クラスで破かれようとも、気にならない本だったからである。
陰気な表紙カバーの、もともともらい物の本で、家では誰も読まなかった。
学年が変わる前、学級文庫の本も持ち主が持って帰らねばならなくなった。
僕の「車輪の下」は、無傷であった。クラスでも誰も読まなかったからである。
幸い、英語の女教師が、それを貸してくれと言った。
僕はかさばる本を持ち帰る労から解放されて、喜んだ。
学年が進んだある日、件の英語教師が、謝りながら、
破れた表紙をテープで留めた「車輪の下」を返してくれてしまった。
僕は、誰も読まない度のさらに高まった本を、
しょうがなく家の本棚に戻したのだった。
ちょうどこの本の運命もそうであったように、
精神遍歴は、ヘッセのたいていの作品に共通したテーマであった。
月面宙返りに成功した気分)


車輪の下 (集英社文庫)

車輪の下 (集英社文庫)


荒野のおおかみ」について書くつもりだった。
車輪の下」について書くことになってしまった。
しかし、どうやらこれでは書評になっていないようだ。


車輪の下」は、退屈を持てあましたある日、読み切ってしまった。
秀才少年の挫折の物語であった。
かわいそうな話だと思ったが、主人公とは似ても似つかぬ凡庸に生まれついた自分に
理解不能な生き方(あるいは生かされ方)に、共感は生まれなかった。
ただ、その後に文庫のヘッセ作品は片端から集めて読んだところをみると、
やはり名作と呼ぶべき何ものかがあったのかもしれない。


しかし「デミアン」か「荒野のおおかみ」を読むべきである。
車輪の下」に挫折した人たちも、人生に挫折感を抱いた人たちも。
デミアン」は性的なところととか、神秘思想的なところがあり、
荒野のおおかみ」には、幻想的なところと人殺しのシーンがある。
名作としてヘッセ作品を並べなくてはいけないようなシチュエーションに際し、
教育的配慮で、ヘッセの自伝的な話「車輪の下」を挙げたのではあるまいか。
あるいは教育的に配慮するような人たちは、
車輪の下」に共感する秀才たちだったのかもしれない。