バックステージ オブ サイクリング・ブック

サイト「サイクリング・ブック」を作っていく上での諸事雑感などを書いていきます

ご冗談でしょう、困ります

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サイクリング・ブック ー discover Japan by bicycling ー

サローヤンの「我が名はアラム」から引用する。
「機関車三十八号」という名のインディアンが、アラムに向かってこう言う。
「おまえは…自動車に乗りさえすれば運転できるのだと考えている。
…おまえは典型的なアメリカ人なんだ」


悪口ではなく、僕はファインマンを連想してしまう。
彼は、アメリカの陽の部分の固まりのような人間だ。
考え、行動し、実践する。失敗したら、また考えるところからやり直す。
すがすがしいまでに、物事の裏に論理があることを疑わない。
彼のなかでは、科学と金庫破り、絵画とドラムが同次元で存在している。
人生を楽しんでいる。
天才ファインマンにしか許されない行動ではある。


「ご冗談でしょう、ファインマンさん」


ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)


「困ります、ファインマンさん」


困ります、ファインマンさん (岩波現代文庫)

困ります、ファインマンさん (岩波現代文庫)


どちらも、ラルフ・レイトンによるファインマンの話の聞き書き
僕が読み始めたのは、シリーズの「困ります、ファインマンさん」から。
中の「ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー」には、
数を数える際の、人間の頭の働きについて実験するくだりがある。
ファインマンは頭の中で数を唱え、故に同時にしゃべることができない。
友人のトゥキーは数を視覚で数え、故に同時に本を読むことができない。
気づくだけで、友人間で実験し、結論を得ることができる。
遊びと学びの分岐する直前のおもしろさ。
このシリーズには、それが全体にみなぎっている。


もっと早く出会っておくべきだった。が、
背表紙だけなら、高校の図書館でも見かけていた。
おそらく中学にもあったのだろう。
実はこの前に実家を訪れたとき、母の本棚にあるのを見かけてもいる。
その題名と名前のインパクトもあってか、既読のような錯覚を持ち続けていたらしい。


純粋に、疑問に思ったことは解明か、是正させずにはおかない。
たぶん端からしたら、売名行為としか受け取れないと思われる行動もある。
それもまた僕が想像するアメリカそのものだ。
こういう人間を部下に持ったりしたら、大変だろう。
静かに暮らしたい人には、友人としてもダメかも。

理詰めで成功する楽しさは、昔読んだ「フランクリン自伝」、
もっと考えれば、小学生用の世界の偉人シリーズにまで遡るかもしれない。


フランクリン自伝 (中公クラシックス)

フランクリン自伝 (中公クラシックス)


友人であった杉原氏は、そういう偉人シリーズを読んだことがあるかどうか、
昔僕に尋ねて、
「そういうものを読んでいた奴は素質として、エラくなる要素がある」
という意味のことを宣った。
杉原君へ。全然あたらなかったよ。